2012-1-22/2-3 deSingel & CullbergBallet WorkShop

今回の CullbergBallet での workshop は、Tilman (ティルマン) の作品の為のワークショップでありクリエーションだ。
だから、的が絞られている分、楽しさは倍増する。
ダンサー達はワークをどう料理するのか、また、それを見学している芸術監督はどう感じるのか。興味は尽きない。
Tilman のリクエストは唯一つ「 Real Contact 」だ。
その前に、ベルギー/antwerpen の deSingelでも workshop をする。
ここは、芸術センターでもちろん国立だ。様々な芸術を学ぶことが出来る。
この deSingel でのワークショップは、 Forsythe ・ company の Fabrice( ファブリズ )と Ioannis (ヤニス) が企画して実現した。
この二人は昨年( 2011 )秋、京都芸術センターで公演している。

昨年はスエーデンの芸術大学のダンス課程の学生の授業としてワークショップを開いた。
今年はベルギーの芸術センターに通う学生達をみる。
日本の学生や、若いダンサー達との違いを知る上で非常に興味があった。
また、ティルマンのクリエーションを、ダンサー達はどう料理するのかも、日本のコンテンポラリーダンサーと比較できるのが嬉しい。
学生達に関しては、殆ど日本の若い人と変わらない。
皆、ひな鳥状態で、次々に指示されたり、教えてもらうことを待っている。
決して自分で考えようとはしない。
そのくせ、自分の意見は言う。
その自分の主張の強さは、日本人よりも強い。
ただ、違う点は、目の色が変わることだ。
ここが一番大事で大きなポイントだ。
つまり、外国の学生はこちらが追い込むと切羽詰まる者も出てくるが、日本人は切羽詰らないという違いがある。
それは、コンテンポラリーダンサーも同じだ。
ティルマンのリクエストで、とにかく「正面向かい合い」から相互に感じる、そして動く、を徹底した。
そのワークを受けるダンサー達の態度を見て「君達はプロのダンサーなのか」と、かなりきつめの突込みを入れた。
当初はニタニタして誤魔化す者もいたが、私が現実の事を話しているということに気付き始め、真剣になった。
「コンテンポラリーダンスを観に来る客が減っているのを知っているね。それは君達ダンサーの責任だ。また、振り付けがどれほど悪くても、それを料理するのはダンサーだから、全ての責任は君らだ。分かっているのか」
と徹底的に突っ込んだのだ。
そういった意味で、真剣な空気がみなぎるワークショップになった。
また、ファブリズとヤニスは、身体トレーニングそのものを変えようとしている。
それは学校等に働きかけているから凄い。
ただ、その内容は全部私のものだ。
だから、もし指導するということが実現すれば、彼らには出来ない。
「日野ヨーロッパに来ないか」と真剣に相談された。
彼らは、身体で過去の身体操作の間違いを感じとっているのだ。
だからこそ、私のワークを本気で支持してくれているのだ。
そんな彼らだから、私を deSingel に呼んでくれたということである。

1 月 22 日

日本時間のお昼 12 時 30 分に関空を出発。
パリに現地時間 16 時 30 分。
列車に乗り換えブリュッセル午後 8 時 40 分。
乗り換えてアントワープに午後 9 時 50 分。
タクシーでホテル 10 時 20 分。
一体何時間? 16 , 7 時間かな。
疲れも何も感じない。
それはシャルルドゴール空港から列車の乗り継ぎと、チケットの交換で緊張。
ブリュッセルに着き、アントワープ行きのチケット購入と乗車で緊張。
ホテルのチェックインで緊張。
もちろん、最後は何とかなるで、があるから、ある程度までの緊張だが。
ホテルは 4 つ星だから結構良い。
バスタブもあり、何といっても喫煙出来る部屋が取れたのが一番だ。
deSingel はホテルのむかいだから、これほど便利な場所は無い。
明日は朝 10 時ワークショップスタートだ。
果たして何人ダンサー達が集まっているのか?
アントワープはフランダースの犬。
観光の時間はきっと無いだろうな。

1 月 23 日

昨日は朝 4 時 30 分に目覚めてしまった。
寝たのは午前 2 時。完全に時差ボケだ。
6 時に朝食を食べて部屋で待機。
今日は 10 時からだとフロントに伝言があった。
ホテルはラマダホテルだから朝食はまずまず揃っている。
ゆっくりと腹ごしらえをし部屋に戻る。
ファブリズがホテルまで出迎えてくれ再会を喜んだ。
この deSingel というのは、国立の芸術学校だそうだ。
ということは、ストックホルムの大学に続き、ヨーロッパの大学二つに教たことになる。
ファブリズやヤニス達は、ダンスの教育を変えようとしている。
その手始めがここ deSingel だという。
彼らは明日、この学校の教師達に対してプレゼンを行い、根底からダンス教育を変える一歩を出す。
もちろん、教える事は私の「感じる」であり「コネクトする」である。
ヨーロッパでは彼らが物凄いスピードで日野理論を展開してくれている。
ワークは、ここの学生の他、わざわざ私のワークを受ける為に、アメリカやイスラエルから来てくれていた。
もちろん、ベルギー近郊の国からも来てくれている。
その意味では、非常に食い付きの良い、密度の濃いワークになった。
そこにはヤニスやファブリズ、そしてマイが、この機会にこれだけはマスターしてやろうという意欲が、場を盛り上げてくれているからだ。
彼らとのワークは本気で楽しい。
どんどん新しいワークが生まれる。
つまり、彼らの動きを見ていると、インスピレーションが湧いてくるのだ。
もちろん、学生達は付いて来れない。
それも稽古だ。
「全く分からないだろう。しかし、分かること出来ることは学ぶ必要など無いだろう」
10 時から午後 5 時までのワークだが、非常に短く感じた。
夜は、主催者を交えて歓迎食事会を催してくれた。
トラムに乗り、アントワープ中央駅へ。
夜 8 時ともなれば人気は少ない。
切符売り場の前が待ち合わせだ。
椅子に座っていると、黒人が近寄って来た。
お金を恵めということだ。
「なんや、お前、何をいうてんのんかわからわ、あっちへ行け」
と大阪弁でまくしたてた。
もちろんきょとんとした顔で一寸間を置き
「俺は中国語は分からない」
と言いやがるから
「ぼけ、日本語じゃ」と怒鳴った。
黒人はぶつぶつ言いながら姿を消した。外国ではよくあることだ。
いざという時は大阪弁が一番だ。
イスラエル料理のレストランで乾杯。
明日も 10 時スタートだ。

1 月 25 日

ベルギーでの武道のワークショップに参加してくれていた人が、家に招待してくれた。
中国人の奥さんの手料理は、身体に優しい野菜主体で一寸スパイシーが美味しかった。
この御夫婦はインターネットを通じて知り合い結婚したそうだ。
「 Cool! 」

ワークの前半は、ヤニス達はいたが、昼食後二人は学校の教師達に指導方法を変える為のプレゼンテーションに行き、マイちゃんはパフォーマンスで一日中休みだった。
すると大学生達が目立って来る。
好奇心の無さが伝染し、場が緩んでくる。
リンゴの箱に腐ったリンゴを一個入れると、全部腐ってしまう、という理論そのままだ。
時間の経つのがなんと長い事か。
言葉だけはいくらでも出て来るが、一向にテーマに取り組まない。
これでは教育を変えなければいけないと誰でも思う筈だ。
昨晩、ヤニス達と食事に行った時、
「日野はダンスの学校をつくる気は無いのか」とファブリズが聞いていた。
ヨーロッパは日野を必要としているからとも。
嬉しい話ではある。
必要としてくれる人がいるというのは、人にとって重要な事だ。

時間も終わりに近づき、またもや質問タイムをした。
自分で考える、という習慣が無さすぎるのだろう。
くだらない質問ばかりに、プレゼンを終え帰って来たヤニスが
「珈琲タイムにしよう」と提案。
「学生達はプロセスがなく結果しかない。努力をせずに結果を直ぐに欲しいのだ」と嘆く。
やはり世界的な傾向なのだ。
そういえば、数年前アムステルダムでのワークショップの時、エミオ・グレコさんも同じ事を言っていたのを思い出した。

1 月 26 日

中日終了。
今日は頭から締めた。
「君達は練習の方法すら知らないのか」と。
「自分勝手に理解するな」
「それは言葉だけで実際には出来ないだろう」
「言葉だけで反論するな、実際で見せろ」
それらの言葉に学生達の目の色が変わった。
そこからのワークは完全に学ぶ姿勢に変わった。
場が密度濃く集中され、何とも気持ちの良い空間に変わった。
「この美しい空間を実感出来るか」
学生達もうなずく。
ねじれからの腕回し、そして手合わせと続けた。
場はいい感じで進んだ。
マイちゃんが頑張りすぎて背中がつった。
それも一生懸命の結果だから良い事だ。
昼食はファブリズが作ってくれた。
野菜たっぷり豆腐入りヘルシー炒めが、美味しかった。
ワーク初日から、一寸浮いた学生がいたが、あまり害が無いと思って放っておいた。
しかし、今日の午前中の締めた言葉で、学生達は学校モードからワークショップモードに変わった。
その事で浮いた学生は益々浮いた。
その浮いた学生に対し、他の学生達が事務所に直訴した。
浮いた学生が邪魔でワークに集中できないと。
何という変化だ。
事務所からディレクターが来て、日野がどうするか決めてくれ、と言ってきた。
私は何とか最終日まで参加させてやりたかったが、学生達の変化を優先させ、退場させることにした。
明日のワークは最初から雰囲気が良い方向で違うだろう。
ワーク終了後、通訳をしてくれている岩岡君とホテルで一杯。
舞台の話し、ワークの実際の話しに華が咲いた。
11 時を回ったので、明日ということで別れた。

1 月 27 日

アントワープでのワークショップも残すところ後 1 日。
今日は一寸詰め込んで見た。
正面向かい合いに背骨を感じる。
相手の引き上げも。
学生達に集中力が付いて来たので、詰め込んでも緩まないと思ったからだ。
最後の質問も「明日で最後だよ」だ。
頭がミキサーでかき回されているから完全に混乱している。
だから皆が顔を見合わせているだけなので大笑いだ。
学生達も少し深くなったので、ヤニスもファブリズも喜んでいた。
今日は、 deSingel の総合ディレクターと食事に行くことになった。
通訳の岩岡君は来れないので、難しい話にならなければ良いが。
アントワープで有名なレストランだ。
エスカルゴに挑戦してみた。
皆が私に食べろとすすめる。
「美味しいのか?」と聞くと誰も食べたことが無いという。
「じゃあ、なぜすすめるのだ」と大笑い。
レモンとガーリック風味で美味しかった。
一人で何個も食べた。
メインは、ジャガイモを壊し小さな海老を混ぜ、半熟卵をトッピングしたものだ。
これも美味しかったが、塩味がえぐいくらいに利きすぎていて、最後まで食べる事が出来なかった。
レストランでは、ワークの時の質問に対しての私の答えが良かったと盛り上がった。
「ステージはあなたのリハビリと違うで」
「それはパブリックマスタベーションやろ」等々。
無茶苦茶受けたようだ。
ワークの途中で短い休憩をする。
その時に一寸外の空気を吸いたくて外に出た。
すると昨日、事務所からワークを受けるな、と指示された学生がベンチにいた。
それを無視するわけにはいかないので、隣に座る。
まるでアメリカのテレビドラマの学園もののような光景になってしまった。
「人は皆違うから、感じ方も違う、だから集団生活は難しいんだよ」
それはそれで面白かった。
今日も「日野はヨーロッパに拠点を移した方がいいのでは」という話が出た。

1 月 28 日

思わず靴を投げてやろうかと思った。
しかしスタンディングオベーションをしているボケもいる。
カーテンコールが2回。
アホか!まるで独房に放り込まれて、身動きとれない状態だった。
ああああ〜〜〜、ほんまに舐めてんのんか!
何時間あったのか、と思うほどひどく長い舞台だった。
見ている内に、これはきっと学生の作品ではないか、そして踊っているのは、近所のおばちゃん達ではないか、と思えるほど素人丸出しの舞台だ。
しかし、しかし。
しかしそれがベルギーでとんでもなく有名な振付家でダンサー、アンの作品なのだ。
今日でワークが終了だったから、ファブリズが有名な振付家の公演があるからと誘ってくれたのだ。
幕が開いた途端に、これはピナのパクリやろ、と感じた。
3分後眠りに付いた。
うとうとだから目が覚めた、又寝た。
まだやっとんのんか、と又寝た。
あああまだや。
暇だから周りを見ると、どんどん客が帰っていく。
「おおおお、まともやんけ」
あまりにもひどくお粗末な舞台。
それがベルギーで一番?なんじゃそれ。
終了後、ファブリズに
「俺は3回ほど寝たよ」というと「グッド」と大笑い。
もちろんマイちゃんも寝たから大笑い。
なんやったんや、だ。それにしてもユーロが低迷しているのに、芸術には膨大な費用を投じているのは羨ましい。
客も、おしゃれをして、こんな訳の分からん舞台を沢山見に来るのだ。
そういう心は豊かなのは良い。
ワークは無事終了した。
若い学生達の中にも、何かを掴んだ者もいた。
お前の年は幾つや「19歳です」「そうか、俺の孫くらいやな」「ええ〜」てな会話を交わしながらの最終日だった。
最後だからと、徹底的に盛り込んだから、全員頭はパンクだ。
今日は何人かの見学者がいた。
明日は飛行場の近所のホテルに泊まる。
明後日は朝からストックホルムに飛ぶからだ。
明日フランダースでも見に行くか。

1 月 29 日

しかし、思い出しても胸くそが悪くなる昨日の舞台だった。
何でも1985年の作品だそうだ。
4年ほど前、ギリシャでベルギー国立バレエ団がやる、フォーサイスの昔の作品を見た。
同じように昔の作品だった。
しかし、これらは全く違う。
フォーサイスの方の作品は古く無い。
古く見えないのだ。
しかし、このアンの作品は古くてカビが生えている。
何故か。
今日の朝から頭がその事だけがグルグル回っていた。
結論は、フォーサイスの作品の場合、作品として対峙するものがあり、それが現在でも対峙しているのだ。
つまり、アンチ・クラシック・バレエという思想があり、それが作品のエネルギーを燃やしている。
だから、その作品は今日でも生き生きしているのだ。
だが、エレナの作品は、1985年当時であれば、興味深いものだったのかもしれない。
しかし、そこに対峙する何かが何もなく、ただその時代性とエレナの興味方向が成立させただけのものだ。
ピナの手法であったり、フォーサイスの手法が完全に見えるから、エレナは行き詰っていたのだろうとも思える。
そんなところから古いと同時に幼稚だと、時代の進化が見せてしまうのだ。
時間は残酷だ。
全てを選択してしまうのだから。

昼、ホテルの近くのバス停からベルギー空港へ直行。
フランダースは止めた。
空港横のホテルにチェックインし、ブリュッセル市内へ散歩に行った。
電車で 20 分ほどだ。
しかし、大笑いなのは地図も何も無く、何も知らない。
どこへ行けば良いのかも分からない。
まあ、何となく匂いと雰囲気を頼りに歩く。
すると見覚えのあるメインの商店街が目に入った。
アーケードの中にブランドショップやチョコレートショップが並ぶところだ。
ワッフルが美味しいと聞いていたので、とりあえず食べようということになり行列のある店で一口。
「ふ〜ん」スーバーで食料を買い込んでホテルへ帰る。
明日は 9 時には空港だ。
といっても、徒歩 5 分だから楽勝だ。

1 月 30 日

http://www.desingel.be/dadetail.orb?da_id=22309昨日までの deSingel でのワークの模様がアップされていた。

昼過ぎにストックホルムに到着。
上空から見たスウエーデンは白と緑。
昨日辺りの日本から見れば、そう大した雪ではない。
札幌の雪まつりの時千歳空港に降りた時よりも雪は少ない。
格安チケットだからローカル空港に到着。
飛行機を降りて飛行場を歩くとは思わなかった。
まあ、案の定そう寒くは無い。
飛行場では Cullberg Ballet のプロデューサーが出迎えてくれた。
前回泊ったアパートにチェックイン。
通訳をしてくれる武田さんもフィンランドから合流。
全く同じ部屋だから変な気分だ。
時間が止まっているように、ここにずっと住んでいるように感じた。
夕方 3 時を回ったので、昨年のようにスーパーに買いだし。
今日は鮭の塩焼きにしよう。
明日からのワークショップは、ティルマンの振付の為のワークだからきっと面白いことになるだろう。
何よりもそれが楽しみだ。
しかし、昨日の公演を見ていてはがいくなった。
日本のダンサーの方が良いからだ。
振付にしてももっと面白い事が出来るだろうに。
ただ、姿が日本人は悪い。
昨日の公演など中学生以下なのだが、堂々としているから騙されてしまうのだ。
もちろん、存在感も何も無し。
ほんと、はがいくなった。

1 月 31 日

アントワープでは、気持ちとダンスということで質問があった。
踊っていて気持ちが良いとか悪いとか、あるいは違和感を感じたとか。
気持ちは、自分の都合により様々に変化する。
環境や状況に左右されるものだ。
そこで一言
「舞台もダンスもあなたのリハビリではないで」
しばらくの沈黙があり、全員大爆笑。
「リハビリ!」
気持ちという言葉は、広義にとる事が出来るので使わない方が良い。
しかも、気持ちは自分に優位に働く。
いや、働くというよりも自分に都合の良い方向にしか働かないのだ。
何かからの逃避、回避、弁護あるいは閉ざす為にある。
だから、気持ちのいいなりになっていたら、自分という現実に向かい合って行く事が出来なくなる。
気持ちを抑えられないのは、幼児がわがままをいって泣いているのと同じだ。
自分の都合に合わなくなると地団太を踏む。
それが気持ちを抑えられないという症状だ。
年齢と共に、地団太は踏まないが、その変わりにそこに言葉が入る。
もっともな言葉が、自分に都合よく並べたてられる。
まさか、自分に都合よく並べている等とは、自分が気付かない。
気持ちとはそんなものだ。
環境や状況に振り回される気分。
それが無くなった時、強い自分の何かしらが形成されているのだ。
踊っている本人が気持ちが良い時は、見ている者にとっては気持ち悪いものを見せつけられているだけだ。

2 月 1 日

朝からティルマンと打ち合わせをした。
ダンサー達に何を求めているのか。
素晴らしい言葉が返って来た。
しかし、どこかで聞いた事がある。
何のことはない、私がフォーサイスカンパニーで延々話している事だ。
観客とのコネクト、ダンサー同士のコネクト、極めつけが、身体が動いている時は頭は静かに。
身体が止まっている時は、身体の中はフル回転。
完全に私のコピーだ。
だが、彼らはほんとにそのことを実現したいということ。
そしてそれがなければ舞台は成立しないということ。
それを体感しているということだ。
最後に、頭で考えて言葉になって出て来たものには説得力が無いが、身体から出て来た言葉には説得力がある、そこまで記憶しているのかと驚いた。
real contact in CullbergBallet だ。
だから、ダンサー達には正面向かい合い以外の事はさせていないという。
コネクトされた状態から湧きあがってくる動き、それを観客に見せたいという。
ワークはティルマンの希望にそって正面向かい合いばかりをしている。
昨日も書いたが、彼らを見ているとどんどんアイディアが湧いてくるから、それをやらせる。
そうすると、あるレベルまで引き上がる。
引き上がった状態を見ていると、また湧いてくる。
その意味では私にとって楽しい時間になっている。
いくら私が提唱している正面向かい合いでも、これほど長時間日本のダンサー達にやらせたことはない。
いや、やらせられないといった方が正しいだろう。
それはどう発展するのか、あるいは発展する可能性があるのか、というところで、何も見えてこないからだ。
日本のダンサーからは「やらされているだけ」しか見えてこないのだ。
クルベルのダンサー達は、まだ日本のダンサーよりも自立しているということだろう。
彼らと日本人ダンサーの決定的な違いはこの一点だろう。

2 月 2 日

In the moment なる言葉があるのを初めて聞いた。
「今、その場に」という使い方らしい。
別に Presence が存在感だという。
これらは、「武禅」や表現ということで、私も頻繁に使う。
舞台での存在感、あるいは、日常での存在感の有無だ。
また、私の前にあなたはいません、とも使う。
つまり、上の空ということであったり、その場とは関係なく別のことを考えていたりした時、存在感は薄らいでいるのだ。
では、どう稽古し、あるいはどう修行すれば、それは無くなるのか。
存在感が増すのか。
外国には、その方法論が無いらしい。
もちろん、 How to 的に三日で出来る方法は無い。
昨日も正面向かい合いの難しさについて質問された。
「日野は出来るけど、私達は可能なのか」だ。
「もちろん可能だ、しかし無理かもしれない、それは外国の人は諦めが早いからだ」と答えた。
日本人もそうだが、深く考えられない人は、単なる方法と捉えており、やってみて出来なければ向いていないとか、様々な理屈を付けてやらないのだ。
当然出来るようになることはない。つまり、ここでいう存在感が薄いままだ。
そこが不思議でならない。
少なくとも、舞台に立つ事を職業として選んでいるのに、その肝心のところが欠落していても平気だということが信じられないのだ。
その辺りに、外国、特にキリスト教圏の人と、日本人の仕事ということに対する認識の違いが見えて来る。
諦めが早いというのは、知識として仕入れたら出来るときっと信じているのだろう。
実際出来て行く事と、知識を持っているだけの違いが明確ではないのだ。
と言葉として書けば「そんなバカな」となるのだが、日本でも同じだ。
ワークは大詰めだ。後 2 日しかない。
後 2 日でコネクトされている感覚を掴まえさせなければならない。
もちろん、既に掴んでいるものもいるが、理屈ばかりしゃべる人は皆目駄目だ。という事が分からない。
それは、ダンサー達どうしで駄目だしの仕合が出来ないからでもある。
今日はティルマンのダンスに対するロマンを聞いた。
素晴らしい。
30 歳だという。ヤニスにしろ、ティルマンにしろ情熱が煮えたぎっている。
それが何とも眩しい。
だから、いくらでもアドバイスをする気になる。
ティルマンの手で Real Contact の舞台が作り上げられるのも近い!

2 月 3 日

今日はダンサーが革命的に変化する、素晴らしい時間に立ち会えた。
日系のダンサーで、わりとすばしっこいというタイプ。
しかし、あらゆることを頭で消化するタイプだ。
だから言葉が多い。
全てのことに説明が必要なのだ。
当然そのことで身体はクリアに見えない。
ワークも今日と明日しかないので、問題はないかと全員に質問した。
色々とあったので、それぞれの稽古方法を伝えた。
そしてその日系のダンサーに「コネクトされている感じは掴んでいるか」と聞くと大体と答えた。
そこに「それはどんな感じだ?」と突っ込む。
「多分みなと同じだ」と答えたので「それは違う、君の身体は他のダンサーと比べてクリアではない、だから同じではない、それが見えている」と突っ込んだ。
その瞬間、彼女の顔色が変わった。
そのタイミングを外さず、やってみろ、と促した。
頭がリセットされた。
一瞬でだ。
正面向かい合いの姿がどんどんクリアに美しくなっていった。
「そうや、それや、分かるか、感じている事を分かるか」頷く。
素晴らしい!!!!
「その感覚に自信を持てよ」
かと思うと、何がどう間違って育ってきたのか知らないが、途方も無いことをいうダンサーがたまにいる。
「身体の中に何か感じ、それが動き出すとほんとに心地良い」
「良かったね」
「身体が自由に動き出す感じで、それがとても気持ち良い」
「まあ、どうでもいいけど、それで振り付けられたことは出来るの?身体が自由に動き出す訳無いやろ、自由に動いていたら、今頃死んでいてここにはいないで」「????」
「道路を歩いている時、突然身体が自由に動いて道に飛び出し車にはねられることだってあるやろ。身体が自由になんか動けへんからそうならないんやろ」
「君達ダンサーは雑談する為にカンパニーに入ったのか、ダンサーになったのか」
「身体の話も語りたい」
「それはダンサーを引退してからで良いだろう」
「君達が分かったと頷いても全く信じていないで、その後の動きを見ればほんとかどうかが分かるから」
「練習としては、その程度の集中で良いけど、それは舞台に立った時見えて来ないで」
ティルマンとは
「ここのダンサーは満たされているから駄目。全くハングリーなところがない」
と共通認識。

5 日間のワークは短すぎるけど、充実した時間であったことは間違いない。
とにかく、ダンサー達の妄想を全部壊してやろう。
そういえばフォーサイスカンパニーでも、一番最初のワークの時に全部壊した。幻想・妄想の類がある限り、そして自分が心地よいのが良いと思っているかぎり、際立った身体など舞台に見えて来ないからだ。
人は思い込みを持ちやすい。
もちろん、それが悪いのではない。
いくらでも自分の世界の中で楽しめば良いのだ。
ただ、舞台という事、身体が見えてこなければいけないのだから、その場合は排除しなければいけないだけだ。
残り 1 日なので、復習をしながらそれを応用したりして、どの程度の獲得状況かをチェックした。
クリエーションの中での問題を聞き、それに対して具体的方法を指導。
具体的方法を考え出す事を「考える」という事だと説明。
それ以外はダンサーにとって雑談だ。
芸術監督も仕上がり具合をのぞきに来て満足をしていた。
明日は、ティルマンと振付ディレクターを交えての最終打ち合わせだ。
もちろん、具体的な稽古方法を指導する為だ。
舞台には幻想は無い。
全て具体の積み重ねだ。
だから、ティルマンのビジョンを具体化する為の方法をお土産として残していくことになるだろう。

 

2 月 4 日

壊れた!
昨日に続き一人はじけた。
正面向かい合いも、全体を感じるも、
「それ風」なだけで糸口すら見付けきれないダンサーだ。
何をさしても一人芝居になる。
ティルマンに彼女はリーダーとして使ってはいけないと忠告していた。
それが何と最終日になってはじけたのだ。
身体の中から湧きあがる動きを待て、とティルマンから課題を出されていた。
もちろん、全員にだ。そ
れをどうしている?と聞くと、それを考えたり、じっとして身体が動き出すのを待っていると答えた。
「お前らアホか、どこの世界に身体が勝手に動き出すことがあるんや。動く仕掛けを作って、耐えられなくなったら動いてしまう。そんなことや」
と仕掛けを指示。
すると、はじけたのだ。
面白い!!
思わず笑った。
そのダンサーの生が出たのだ。
皆の目は彼女に釘付けになった。
これこそダンスだし、パフォーマンスだ。
昨日何かを掴んだダンサーに、
「あれくらいはじけろ」と言うと
「いきなりは無理」
「アホかやれ」
かくてこのピースはものになる目処が付いたのだ。
ティルマンとの打ち合わせは、今回の私のワークを全て伝授。
明日から私のやり方の正面向かい合いが始まる。
「ダンスもどきの古い習慣を脱ぎ捨てて、生身のダンサーの動きを出さなければ駄目だ。その為には日野理論が必要だ」ティルマンはそこを見ている。「日野がヨーロッパにいてくれたら、いくらでも助けてもらえるのにほんとに残念だ」
「舞台の事は何でも俺に言え、分かっている事は全部教えるから」と。
芸術監督も大喜びだった。
「日野のおかげで作品が出来る、ティルマンもダンサーもほんとに喜んでいる。ところで次は何時来られる?緑の季節がいいね」
フォーサイスカンパニーに続いてクルベルでも、私の理論は響いた。
分かっている人には必要なのだ。
というよりも、私の理論がダンスの実際として役に立つ事が出来て、これほど嬉しいことはない。
ダンサー達は最初は、へこんでしまったが、ほんとの事なので結局従わざるを得なくなった。
その意味では、今回でダンサー達との絆が出来た感じだ。
ティルマンの RealContact 公演では、私のクレジットを入れると芸術監督が言っていた。
ヤニスやファブリズの公演でも私の名前がクレジットされていた。
思えば、全てフォーサイスカンパニーのダンサー達だ。
マーツもエイミーも。やはりレベルが高いということなのだろう。

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